女子高講師の手ぶら旅行記

好きな航空会社はフィンエアー、好きな空港はヘルシンキ・ヴァンター空港です。

アウシュビッツで下車 ウィーンからクラクフの夜行列車 ポーランド旅行記【その2】

 
 
2014年の中央ヨーロッパ旅行記になります。

アウシュビッツ=ビルケナウ博物館の最寄駅、Oświęcimの駅に、朝の4時に着きました。

 

手ぶら状態なので、以下のようにフットワーク軽く動けると思います。荷物少ない方はぜひ参考にしてください。

 

 

早朝のオシフィエンチウム駅

 

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さてこのような切符で、ウィーンから無事、Oświęcimの駅までやってきました。この切符の料金は記憶では5,000〜6,000円だったと思います。そんなに安くもなく、ホテル代よりは少し安かったような...そんな感じでした。

 

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さて、この売店、いつになった開くのかな...と思って駅構内でお腹をすかせていると、僕の思ったよりも早く、なんと5時半には、お姉さんがやってきて、店を開けたではありませんか。寝台車で配られた水を大事に飲んでいましたが、よかった、これでお腹も満たせるし。

 

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売店のラインナップを見てみましょう。

 

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飲み物、薬類。

 

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お菓子類。

 

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シャンプー、ブリーチ?、爪切りやヤスリ類。

 

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パン類。美味しそう。

 

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イヤホン、靴下。

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おもちゃ類。

 

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とこのように、何でもあります。日本のコンビニに匹敵するかそれ以上の品揃え。朝の5時半、女性ひとりで切り盛りしています。これは治安の悪くないひとつの目安かなと思います。

 

僕は2つのパンを買いました。80円くらい。

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僕はいつも、レシートは必ずもらって、このように商品と一緒に写真に撮っておきます。そうするとあとで色々確認することができます。

 

駅からアウシュビッツまで歩く

 

さて、このパンをかじりながら、アウシュビッツ強制収容所の跡地で現在は博物館となっている場所へ、徒歩で向かいます。駅前のロータリーには早朝ですがバスも何本かやってきましたが、1.6kmの距離だし、少し明るくなってきたので、予定通り、確実に着く「徒歩」で向かいます。

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途中、こんな看板がありましたが何となく想像がつきます。月〜金、土、日といったところでしょうか。

 

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しばらく歩くと、「Museum KL Auschwitz」と出てきました。ここを曲がるだけです。

 

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徐々に徐々に明るくなってきて、すっかり朝になりました。11月のポーランドはどれくらい寒いのか、行く前は想像つきませんでしたが、この日はぜんぜん寒くなかったです。

 

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この写真はアウシュビッツの向かい側にあるホテル。ここに泊まってみることも検討しましたが、周囲がどんな感じかまったく想像つかず、やめましたが、こうして来てみると、普通の田舎町といったところで、ここに滞在してみるのも良さそうだと思いました。

 

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さて「Museum Auschwitz」に到着しました。「Museum Auschwitz II - Birkenau 2200m」というのは、ここから2.2km離れた場所にもうひとつの施設があります。僕はこの「II」はそんなに混まないし、入場制限もないことを調べて知っていたので、先にこっちに来て空いているうちに見学して、あとで「II」へ向かうというプランでした。

 

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だた、早すぎてまだ開いていません。何となく待っていると、この小屋の主から声をかけられました。

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おじさんは僕よりもカタコトの英語で、Oświęcimに生まれ育ってずっとここを管理している、というようなことを言ってくれました。

まあまあ意気投合したので、おじさんは僕にコーヒーをご馳走してくれました。そしてしばらくしたあと、自分の仕事に戻っていったのです。

 

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送風機で枯葉を集めて、掃除をしていました。

僕はさっき見た、朝の5時から駅の売店を管理するお姉さんと同じく、ポーランド人は「よく働く人たち」という印象を受けました。朝早く、というか早すぎるけど、だからこそ経験できたこともあったと思います。

このあと、博物館を見学したあと、昼前にここに寄ってみると、おじさんはもういませんでした。早番、という感じだったのでしょうか。

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美しいオシフィエンチウムの風景

 

もう一つの発見は、朝日が照らす秋のOświęcimは実に素晴らしいということです。

 

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アウシュビッツの見学に心を締め付けられる思いが強くなったのは、Oświęcimという街が、ポーランドの普通の美しい田舎町だったからということもあったように思いました。

ポーランド旅行記クラクフへの移動につづく)